中国人にとって、面子は命の次に大事なものとされています。 どこの国の人であっても大なり小なり面子という考え方はありますが、中国では何よりも重要なものです。 ここではその面子に関する表現を見ていきます。 面子(miànzi)と脸(liǎn)という語を含む表現がほとんどです。
面子を重んじることで、動詞には爱を使います。「年轻人也爱面子。」といえば「若い人も面子を重んじる」という意味です。
動詞の讲には「規範とすべきことをしっかり守る」という意味があります。「不讲面子的家伙」といえば「面子を重視しない、平気で他人の顔をつぶすやつ」という意味です。
面子を残すというと分かりにくい表現かもしれませんが、「~の面子をつぶすことになるはずだったが、今回はつぶさないようにする」という意味で考えてください。「那这次留你的面子。」といえば「今回はあなたの顔を立てておこう」という意味です。
「你不要脸!」といえば「お前には面子は要らない」という意味で場合によっては程度の高い侮辱言葉とも受け止められる表現です。「要不要我脸啊?」といえば、AとBの二人がいて、Aの行動によりBの面子がつぶれてしまうときにBがAに対して言う表現です。
面子を失うことです。動詞には物をなくすと同じく丢を使います。「很丢脸的事」といえば「とても恥ずべきことに」という意味です。
「我没有脸见他。」といえば「彼にあわせる顔がない」という意味です。
上記没有脸とほぼ同じ意味です。「这样的话他就没面子。」といえば「そうすると彼の面子はないということになる」という意味です。
他の人に面子を与えるときに给を使います。「好的,我给你个面子。」といえば「いいよ、あなたの顔をたてておこう」という意味です。
一緒にレストランなどで食事をした場合、最近は割り勘も一般的になってきましたが、普通は誰かが一人でおごろうとします。「我来我来!」と言って先を競って会計を済ませようとします。この状態で一人のんきに座っていると、とても很丢脸的事です。誰かがおごってくれるときは形だけでも「我来我来!」と言いましょう。
面子を語る際のキーワードにもなるのがこの語句です。みんなの前で褒められたということは顔が立ちますが、みんなの前で怒られたりするととても恥ずべきことです。中国人はことさらこの「みんなの前」を気にしますので、会社などで部下をしかるときなどは十分注意しましょう。